東京高等裁判所 昭和42年(う)1149号 判決 1968年2月06日
被告人 渋谷勝広
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五万円に処する。
右罰金を完納できないときは金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
本件公訴事実中被告人が昭和四十一年七月十七日午後一時頃より同日午後六時頃までの間東京都町田市原町田一丁目十六番二十一号地附近境川護岸上において町田市長青山藤吉郎管理に係る水害防禦用の土のう約四十七俵を窃取したとの点につき被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は弁護人中村護、同平井嘉春連名、弁護人持田幸作、同新井旦幸連名提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用しこれに対し次のように判断する。
弁護人中村護、同平井嘉春の控訴趣意第一、二点並びに同持田幸作、同新井旦幸の控訴趣意第一、二について
原判決挙示の証拠を総合すれば、原判決摘示に係る水防法第三十八条第一項に触れる、みだりに水防管理団体の管理する水防の用に供する設備を損壊した事実を認定することができ、記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果に照しても、本件水防法違反の犯罪事実についての原判決の事実認定に過誤はなく、原判決が「弁護人の主張に対する判断」と題して逐一判示するところは、右犯罪事実に関する限りすべて正当として首肯するに足り、各論旨中本件水防法違反の犯罪事実に関する部分は理由がない。
次に、各論旨中、原判決摘示に係る窃盗の事実に関する部分につき審案するに、被告人が原判示水害防禦用の土のう堤防から約四十七俵の土のうを擅に持ち去つたうえ、これを原判示渋谷アパート庭内の境川々岸及び北側側溝沿いに積み重ねた所為は、水防法第四十条第一号に触れる、みだりに水防管理団体の管理する水防の用に供する設備を使用したものに過ぎないことを前提とする各所論は、前段説示に照し採るを得ない。
しかし、記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果に基づいて考察すると、被告人は、水防管理団体である東京都町田市が水防の用に供するため、原判示渋谷アパート南西隅の二階に通ずる鉄製階段の昇降口をはさみ、その前後に東西約二米に亘り構築した土のう堤防及びその西端からこれと鉤形に境川々岸に沿い南西に向つて長さ約七十米に亘り構築した土のう堤防から、右階段昇降口前後の土のう全部を含む合計約四十七俵の土のうを持ち去つたうえ、これを右境川々岸沿いの土のう堤防に略々接続するように原判示渋谷アパート庭内の階段昇降口西端から境川々岸に沿い北方に向つて長さ約十三米、同庭内の西北隅に達する川岸部分に積み重ねたほか、その北端においてこれと鉤形に、同庭内北側側溝沿いの東西約二米、南北約三米の矩形部分に積み重ねたものであつて、被告人が原判示水害防禦用の土のう堤防から約四十七俵の土のうを持ち去つて積み重ねた場所は、水防管理団体である東京都町田市が水防の用に供するため構築し、管理せる本件土のう堤防の所在場所といわば目と鼻の間である地続きの、均しく境川々岸の地域にあり、かつ被告人が積み重ねた土のうは既存の本件土のう堤防に概ね接続し、延長僅か約十三米を出でず、特に針金等を使用してこれを結縛固定するの措置を講ずることなく、単にこれを庭内に積み重ね置いたに過ぎず、管理者において該土のうを取り戻し原状に回復することは極めて容易な状態にあつたことが認められる。
してみれば、被告人の本件所為は、該土のうに対する管理者(水防管理団体たる東京都町田市の市長青山藤吉郎)の実力的支配を完全に排除してこれを自己の実力的支配内に移し、排他的にこれを自由に処分し得べき状態に置いたものと認定するに躊躇せざるを得ず、該所為を窃盗罪に問擬した原判決は事実を誤認したものというべく、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は量刑不当の主張を含む爾余の論旨に対する判断を須うるまでもなく破棄を免がれない。論旨はこの点において理由がある。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決する。
原判決が適法に確定した原判示第一事実に法令を適用すると、被告人の所為は水防法第三十八条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので所定刑中罰金刑を選択し所定金額の範囲内において被告人を罰金五万円に処し刑法第十八条により右罰金を完納できないときは金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り全部被告人に負担させることとする。
本件公訴事実中被告人が昭和四十一年七月十七日午後一時頃より同日午後六時頃までの間東京都町田市原町田一丁目十六番二十一号地附近境川護岸上において町田市長青山藤吉郎管理に係る水害防禦用の土のう約四十七俵を窃取したとの点は前記説示の理由により犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条により無罪の言渡を為すべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 栗田正 沼尻芳孝 近藤浩武)